1961年にコロンビアに移籍デビューし数々のアルバムを録音し、1966年11月アトランティック・レコードに移籍、「I Never Loved a Man the Way I Love You」をヒットさせ、大忙しですがコロンビア移籍の第2弾として1967年に発売されたのが本作「Aretha Arrives」
この発売された1967年はレーベルはまたがっているものの5枚のアルバムが発売される大忙しの年で大量のレコーディングと発売が集中しています。ちなみにレコーディングでも大量に録って振り分けているので、このレコーディングで録った「Chain Of Fools」は、次作「Lady Soul」での発売。「It Was You」「The Letter」「So Soon」はアウト・テイクとなり、後の未発表音源集に持ち越しとなっています。
ストーンズの「Satisfaction」からスタートする本作は、大半がカバーというコンセプトからか、このアルバムではアレサはリラックスしてしてる印象があります。他カバーはレイ・チャールズ「You Are My Sunshine」、ジョニー・エース「Never Let Me Go」フランク・シナトラ「That's Life」などなど、ジャンルにこだわりはありません。
このCDはタワレコで販売していた廉価版5枚組Original Album Series Vol. 2 の一枚目。Vol. 1ではアトランティックの 1968 Lady Soul , Aretha Now を聞かせておいて1967年の本作に戻ってきています。この廉価版の企画者もやりてなのか?代表作を聞かせてすごいなと思わせて、やっぱりVol. 2も買わなきゃと思わせる。そしてその第2弾の一枚目にカバーアルバムを持ってきて第1弾とは違うぞと思わせる。私の考えすぎでしょうか?
ソウルフルなマクダフのオルガンが縦横無尽に弾きまくり、このオルガンに合わせたバレルのギターがツボにはまる。緩急をつけて聴かせる演奏にパーカッションが加わることでよりリズミカルになりグルーブ感が増してくる。テナーサックスのハロルド・ヴィックも所々に良い色を付けてくれて絶妙な楽しさです。特にはリズミカルで騒がしい Nica's Dream はなかなか他では聞けないんではないでしょうか。最後の We'll Be Together Again はバラードでありますが、ハードボイルドなものを感じます。
1972年に帰国して写真展「ハーレム Black is beautiful」を開催して、この本も「ハーレムの熱い日々」も出版されました。私はそれを2019年に古本屋で見つけて読んでみたわけです。別に音楽論を語るわけでもなく人種差別に対する政治的なメッセージがあるわけでもないルポルタージュなのですが、さらりとカメラ目線と自身の目線で人間をとらえています。
BLACK GOLD です。最後にBLACKのみんなを指さす彼女に泣けてきて、この本の中で描かれているハーレムの生活オーバーラップします。
この本を読んでから、人種問題に関する本などを読む機会も増えました。同じ人種問題のルポではありますが白人のグレース・ハルセルの書いた「黒い性・白い性 Black / White SEX」なんかもセックスの角度から歴史観点からの宗教、黒人から見た白人、白人から見た黒人、などが書かれており興味深くはありましたが、かなり難解でした。これももう一回読んでみるかな。
このCDを聞き直しながら参加ミュージシャンをチェックしていたら、3曲目の Eric では「Eric Gale」の生声(voice)が最初に入っていることを発見。エリック・ゲイルは1994年5月25日没はこのアルバムの制作の前年で、つまりは追悼曲。ギターはハイラムが弾いていて、エリックっぽいフレーズは余り感じられないのは、まあしょうがないか。
当初は「Twins I」「Twins II」として2枚のLPとして日本国内限定発売。後に世界発売向けとしてアメリカのワーナー・ブラザース・レコードが2枚のアルバムを1枚のアルバム・サイズに抜粋し、コンピレーション化したアルバムを「Invitations(本作)」として発売。さらに2007年には「Twins I & II - Live In Japan 1982」として24ビット、デジタル・リマスタリングされた音源が発売。まあLPという録音時間の物理的録音容量が少ない媒体から、CDという容量が大きい媒体で再発売する場合には特典つけなきゃ売れないという構造もわからなくはありませんが「ファン」何枚買わされるんだか?とは以前も書いております。
オーレックス・ジャズ・フェスティバルとは、東芝が主催して1980-1983年まで開催されたジャズフェスティバル。プロデューサーは、George Wein(ジョージ・ウエイン)で、「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」「ニューオーリンズ・ジャズ&ヘリテッジ・フェスティバル」、ロサンゼルスの「Playboy Jazz Festival」「Newport Folk Festival」 など数々のフェスティバルを立ち上げを行ったジャズプロモーターとして有名な方。
このフェスは毎年ほぼ9月上旬に日本の各都市で行われていて、海外から4グループと日本のグループも参加。1982年のフェスの参加は「The Woody Herman Big Band」「Jaco Pastorius Big Band」「The Dave Brubeck Quarte」でした。